外務省の失態は旧日本軍の責任に転嫁⁉

query_builder 2016/09/10
歴史編

≪外務省の失態は旧日本軍の責任に転嫁⁉≫


 外務省に日本と日本人の名誉を守る気概はあるのか。強い疑問を抱かざるを得ない。

 旧日本軍とは無関係の国際的神父殺害事件を旧日本軍の犯行であったかのように政府高官に報告し、中国の対日歴史非難と歩調を合わせるかのような情報操作を、外務省が行っていた疑いがある。

 右の神父殺害事件は1937(昭和12)年、旧日本軍の南京攻略に先立つ10月9日に発生した。 中国河北省正定で、当時フランス政府の管轄下にあったカトリック教会が襲われ、神父9人(オランダ人神父を含め全員がヨーロッパ人)が殺害された。世に言う「正定事件」である。

 正定事件に関し、中国とオランダは犯人は旧日本軍、殺害理由は日本軍が女性200人を要求したのを神父らが断ったことだと断定する。命を犠牲にして女性たちを守った神父は、「徳と聖性の高い福者(聖人に次ぐ立派な人材)」であり、列福して顕彰すべきだと両国が2014(平成26)年以来バチカンに働きかけている。

 世界13億人弱の信者を擁するバチカンの影響力は計り知れない。折しも中国はイギリスまで巻き込んで慰安婦問題をユネスコの記憶遺産に登録申請した。9人の神父列福の動きは、中国の対日歴史戦の一部であろう。

 正定事件と中国の動きについて、私は遅まきながら今年に入って初めて報道した。素早く反応したのが官房副長官の萩生田光一氏だった。外務省に調査を命じ、外務省は直ちに資料をまとめた。要点は「日本軍は9人を殺害した。しかし、女性を要求した事実はない」である。

 だが、外務省報告は根本から間違っていた。それを私は読者の中林恵子さんと熊岡醇氏に指摘されて知った。届いた資料の中に当時の在北京日本大使館員、森島守人参事官の公文書が含まれていた。これはスイス在住の日本人女性がナントのフランス外交史料館で入手したものだ。

 森島公文書は1938(昭和13)年2月13日付、在北京フランス大使館のフランシス・ラコステ氏宛てに日本政府が行った事件の調査結果を報告したものだ。そこには犠牲者への深い哀悼と、日本軍が第三国の国民、とりわけミッショナリー(宣教師)の生命と財産保護のために取った具体的措置が詳述されているが、最も大事なことは、犯行は日本軍ではなく、「支那敗残兵」によるものと明記した点だ。当時、支那敗残兵が正定の教会に避難した人々の中に紛れ込んでいた。物証は、彼らが事件の犯人であることを示しており、森島氏は次のように記している。

「その後も続けた調査では、支那敗残兵の犯行であるとの結論を覆す証拠は見つからなかった。 従って日本政府は当該事件に関する責任を負いかねるのみならず、占領地で起こったすべての件に関して責任をとりかねる」


 犯人は日本軍ではない、支那敗残兵であるとした森島文書は、外務省欧亜局第二課が昭和39年2月28日時点でまとめた「支那事変に関連する在支第三国(英米を除く)財産被害調査表」にも、 「13年(1938年)2月13日付フランス大使館宛公文を以て回答」と記録されている。外務省本省も、事の本質を十分に知っていた。

 それに対してフランスは13年4月16日付で、「大使館覚書を以て本件に関しては今後何等問題を提起せざる旨申し越」していた。

 犯人は日本軍ではなく、支那敗残兵だったという説明に、フランス政府も納得し、もはや同件は問題にしないと、言ってきたのである。

 ではなぜ、外務省はこの肝心の森島公文書を萩生田氏に見せなかったのか。外務省の罪は森島文書を見せなかったことにとどまらない。外務省作成の説明資料で24行中20行が、必ずしも正確ではない当時の報道や教会報の紹介に割かれている。「宣教師は正規軍の日本兵(Japanese soldiers of the regular army)によって殺害されたものとの結論に達した」などという 「『タブレット』紙による詳細な記述」なるものも萩生田氏に報告している。 資料の最後には「日本外務省の文書」から「9名は『満州軍により殺害』」という部分と見舞金が支払われたことも引用されている。

 これでは誰しも、満州軍が殺害した、満州軍は日本軍だ、しかし見舞金の支払いでフランス側は納得したと考えるだろう。

 そこでもうひとつの疑問である。日本の外交資料に記述された満州軍とは何か。

 当時、満州国と中国の国境付近に展開していた軍は5つに大別できる。大日本帝国正規軍としての日本軍、満州国正規軍としての満州国軍、蒋介石の国民党軍、毛沢東の共産党軍、張学良 の東北軍だ。

 外交資料には満州軍と書かれているが、それは満州国軍ではなかっただろう。満州国軍は1937(昭和12)年10月、日本軍の北支方面軍進攻に応じて北支に外征中だった。北支とは黄河以北のことで正定とはあまりにも距離があるからだ。

 では、満州軍が日本軍、つまり関東軍を指している可能性はどうか。この件については歴史家の田中秀雄氏が平成27年1月号の『正論』に詳述した。詳細は氏の論文に譲り、私はただ、10月8 日から11日までの連続した激しい部隊展開の中で、日本軍が「正定事件」を起こすことなど不可能だったこと、森島氏が当時日本政府を代表して書いたように、正定事件は支那敗残兵、恐らく張学良の東北軍の犯行である可能性が高いことだけを指摘したい。 外務省は、先輩外交官の残した貴重な公文書に反して、日本をおとしめる情報を政府高官に上げていた。意図的な情報操作か。それとも外務省の情報把握能力の問題か。

 私が事件の全体像を把握できたのは本稿で言及した民間の人々の情報発掘の努力のおかげで ある。本来外務省が行うべき仕事を民間人が危機感に突き動かされて代行している。この現状ほど、寒心に堪えないものはない。(産経新聞抜粋)


 日本人は過去のことは水に流します。 上記記事の内容も今まで我が国では真剣に向かい合ってきませんでした。 そもそも毎年8月上旬に原爆被害者の追悼が行われますが、米国の原爆投下の正当化の根拠が真珠湾攻撃の不意打ちにあることも片腹痛い思いです。 というのも、真珠湾攻撃は、日本海軍が周到に準備し、外交上のミスを排除すべく手配をし、間違いなく攻撃開始 の30分前までに米国務省に通知(手交)することが徹底されていました。 当時有色人種の中で唯一の先進国であった我が国は、西洋人から野蛮人だと指摘されないために細心の注意を払っていましたので、西洋人が不正をしない限り、決して国際法を逸脱することをしませんでした。 ところが外務省(米国領事館職員)の怠慢(ブラジルへ転出する外交官の送別会を実施し、二日酔いで出勤が遅れたとのこと)で、宣戦布告が攻撃開始後となってしまいました。何という失態でしょう。取り返しがつかないミスです。 さらに許し難いことは、当事者の米国領事館の責任者は、戦後マッカーサーの通訳を務め、出世したそうです。 これが今も昔も変わらない外務省(官僚)の実態 です。 もし彼らがまともな愛国心を持ち合わせているならば、自らの失態を内外に発信し、決して日本国と日本国民は卑怯な騙し討ちをする民族ではなく、正々堂々とした、公明正大な民族であることを宣言するでしょう。 誠に残念です。

 

 今年も8月15日がやってきました。毎年靖国神社を参拝しておりますが、右巻き、左巻きの連中の拡声器を使ったデモにはウンザリします。

私は共同体発展欲求が極めて強い人間のようです。 小中高大の校歌と最初に働いたS海上火災の社歌は今でもそらで歌えます。愛校心、愛社心は人一倍で、今でも陰ながら、恩返しのつもりで、前職の会社や社員をサポートしています。私心の無いロイヤリティは誰にも負けないつもりです。

 

 しかしながら官僚も大企業も私心だらけで利己的な人が多く、国家の発展、企業の発展を阻害し、裏で足を引っ張ります。 利己心が目を曇らせ、国家や会社の発展よりも自己の栄達を優先させるようです。


 私の経験上、多くの成功者を見てまいりましたが、成功者の3要件は①ハングリーであること ②自己の可能性や成長に貪欲であること ③利他的であること のようです。


 歴史は繰り返されます。日本のように黙っているとどうなるか。相手の善意を期待して辛抱しているとどう扱われるかは過去の歴史が雄弁に物語っています。かつて大英帝国首相のチャーチルは第二次世界大戦回顧録の中で「日本人は外交を知らない」と綴ったそうです。


『日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、いままで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると、今度は、笑みを浮かべていた日本人はまったく別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分 らない人だ。ことここにいたっては、刺し違えるしかない」といって突っかかってくる。』


 これは、昭和16年(1941)年12月10日、マレー半島クァンタンの沖合いでイギリスが誇る戦艦 プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦レパルスの二隻が日本軍によって撃沈されたときの日記だそうです。 チャーチルは、これによってイギリスはシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いたそうです。 チャーチルは、「日本にこれほどの力があったのならもっと早くいってほしかった。日本人は外交を知らない」と書いているそうです。

 つまり、日本は相手に礼儀を尽くしているだけで外交をしていない、外交はかけひきのゲームであって誠心誠意では困る、とチャーチルは言いたのです。


 私は、我が国の未来を悲観していませんが、輝かしい未来に向かうには、国民一人一人が、ジャパニーズスタンダードだけでなく、アメリカンスタンダード、ヨーロピアンスタンダード、チャイニーズ(華僑)スタンダード、イスラムスタンダードなど多くの価値観を理解し、柔軟に対処していけるしたたかさを修得するべきであると考えています。

 どうも右巻き・左巻きの連中のワンパターンのデモを見ていると、チャーチルが指摘したように、追い込まれて喧嘩(武力紛争)に至るような気がしてとても心配です。


ここ数年で、我が国国民が試されるような気がします。

NEW

  • 大東亜戦争から学ぶリーダーシップ㉝

    query_builder 2022/06/10
  • そこに愛は在るんか?❷

    query_builder 2022/06/10
  • 国民の幸福な老後の実現とは!?

    query_builder 2022/05/10
  • プーチン政権の衰退からみる、我が国の在り方とは?!

    query_builder 2022/05/10
  • ”パワーハラスメント”外部相談窓口の設置はお済ですか?

    query_builder 2022/04/08

CATEGORY

ARCHIVE