大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑧

query_builder 2019/11/10
歴史編

 第8回⽬は、有⾺ 正⽂少将(ありま まさふみ、1895年(明治28年)9⽉25⽇ – 194 4年(昭和19年)10⽉15⽇)は、⽇本の海軍軍⼈。最終階級は海軍中将です。


 1942年(昭和17年)5⽉25⽇、翔鶴型航空⺟艦 1 番艦「翔鶴」艦⻑に就任。航海中は艦 橋公室やオフィスを使わず常に艦橋にあって、⾷事は畳⼀枚ほどの艦⻑休憩室でとっていたそうです。兵や部 下に対して「お疲れ様です」「お早う御座います」と丁寧な⾔葉遣いで接し、未だ帰還しない艦載機の為に艦 の危険を顧みずサーチライトの照射を命じ⾃らも双眼鏡を抱えて艦橋を離れませんでした。また戦死した部下 の家族に⽋かさず⾃筆の⼿紙を書き送っていたそうです。空⺟翔鶴(写真③)の艦⻑時代に第2次ソロモ ン沖海戦と南太平洋海戦を指揮しています。


 1943年(昭和18年)2⽉16⽇、有⾺少将は海軍航空本部教育部⻑へ転任、さらに194 4年4⽉9⽇には第26航空戦隊司令官に就任、フィリピンに着任されます。10⽉に台湾沖航空戦が 発⽣し⼤戦果を挙げたとの報告がもたらされますが、有⾺少将は台湾沖航空戦で⼤本営からもたらされる⼤ 戦果の情報を信じておらず(結果は⼤ウソの⼤戦果でした)、従軍記者に対して「⽇本海軍航空隊の攻撃 精神がいかに強烈であっても、もはや通常の⼿段で勝利を収めるのは不可能である。特攻を採⽤するのはパイ ロットたちの⼠気が⾼い今である」と現場責任者として現実を理解したうえで⼼情を吐露しました。


 1944年10⽉15⽇に、参謀や副官が⽌めるのも聞かず有⾺司令⾃ら⼀式陸攻に搭乗しました。 ⾃ら出撃したのは有⾺少将が常⽇頃から「司令官以下全員が体当たりでいかねば駄⽬である」「戦争は⽼⼈ から死ぬべきだ」と⾔われており、⼀⾝を犠牲にして⼿本を⽰そうとしたためと⾔われます。有⾺少将は出撃時 に軍服から少将の襟章を取り外し、双眼鏡に刻印されていた司令官という⽂字も削り取りました。その後特攻 攻撃が成功したかは不明ですが、指揮官先頭を最後まで実践された有⾺少将の姿勢は尊敬に値します。い つの時代も危険な業務の担当は若者にお鉢が回ってきます。昭和19年の後半ともなれば、⽇本海軍はどこ で戦っても負けていました。当然指揮官として指導する側の⽴場も厳しかったでしょうが、部下に<必死>を命令することは、軍隊組織でもあり得ないものであり、後に特攻を提唱した⼤⻄瀧治郎中将(写真④の後ろ姿)は「特攻は統率の外道だよ・・・」との⾔葉を残しました。彼は終戦直後に責任を取って⾒事に割腹⾃殺を遂げました。介錯を断り10時間以上苦しみながらの死でした。これはこれで⼀つの責任の取り⽅であり、今の政治家や官僚にも覚悟という意味で⾒習ってほしいところです。


 私は有⾺少将の司令官(指揮官)としての率先垂範を評価しています。また有⾺少将のこの最初の特攻攻撃が評価されていたなら、もっと早く戦争は終わっていたと思っています。何故なら死にたくない陸・海軍⾼官たちが早期停戦(終戦)を必死で画策したと思われるからです。しかし残念なことに、有⾺少将の死は黙殺され、3か⽉後の1945年(昭和20年)1⽉7⽇、戦死公報を以って海軍中将に特別昇進という形で密かに葬られてしまったのです。⼤東亜戦争関連書物を千冊以上読み込んできて分かったこと、それは当時の陸・海軍の⾼官たち戦争遂⾏者の多くは、⾃分は戦場で率先してまで死ぬ気が無かったのです。このような姿勢の⾼官たちにとって、有⾺
少将の死は迷惑千万だったでしょう。


現実の最初の特攻は1944年10⽉15⽇、この有⾺少将のレイテ⽅ ⾯突⼊が第⼀号であり、⾒事な指揮官先頭を果たしました。 2番⽬の特攻は10⽉21⽇の久納好孚中尉(くのう・こうふ︓写真 ⑤)です。本居宣⻑の有名な句である「敷島の ⼤和⼼を ⼈ 問わば 朝⽇ に匂ふ ⼭桜花」(⽇本の ⽇本⼈の⼼は 何と ⼈に問われたならば 朝⽇に 匂う ⼭の桜の花のようなものだ・・・)から取った、敷島隊、⼤和隊、朝⽇隊、 ⼭桜隊の中の⼤和隊の隊⻑でした。


 3番⽬の特攻は10⽉22⽇の佐藤馨上等⾶⾏兵曹です。


 そして4番⽬の特攻が10⽉25⽇、有名な関⾏男⼤尉(写真⑥)で す。決して関⼤尉を⾮難する訳では無いのですが、当時の海軍の序列では正 規の海軍兵学校出⾝の関⼤尉に名誉を与えたかったのだと⾔われており、予 備学⽣(学徒)出⾝の久納中尉や兵卒上がりの佐藤上等⾶⾏兵曹に第 ⼀号の名誉を与えたくなかったのだと、資料を⾒ればわかります。 今も昔も⾨閥主義や縦割りの官僚主義が変わらずこの国を⽀配しております。平成時代の若者世代は、 この⽇本独特の官僚主義を⼼底嫌っております。昭和も終わって31年、平成から令和に変わった今現在、 そろそろ昭和世代は⾃覚して、次世代へバトンを繋ぐため、既得権益を⼿放していかなければいけません。経 営者やリーダーの皆さんは、是⾮⾏動を始めていただきたいと思います︕



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