賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ
(前項に続く) 日本メーカーの技術者は、「テレビの画質や音のバランスでは、まだ
優位性がある」と、技術力に裏打ちされた細かい品質では勝っていると強調しました
が、開発・生産・販売の総合力を磨かないと、技術も宝の持ち腐れとなります。
日本人の国民性の弱さ、未来予測の弱さです。島国に育ったため、外敵の情報に
疎く、優れた技術力で一世を風靡するも、その後の戦略が国家単位でのプロジェクト
にならず、職人芸レベルにとどまり、結局他国に質においても量においても凌駕され
る・・・・・。非常に残念です。
昭和の一時期もゼロ戦〈零式艦上戦闘機〉、戦艦大和、酸素魚雷、航空母艦の多
数運用(機動部隊)等優れた技術や戦術を持っていましたが、トップ層が時代の変化
とライバルの情報を読み誤ったために国を滅ぼしかけました。
昭和15年(皇紀2600年の0から零式といわれた)に正式採用された零式艦上戦
闘機は5年後の昭和20年まで一貫して海軍の主力戦闘機でした。 戦時中にアメリ
カは海軍がグラマンF4F、F4Uコルセア、グラマンF6F、グラマンF8Fを、陸軍はカ
ーチスP36、ベルP39、ロッキードP38、リパブリックP47、ノースアメリカンP51を新
規開発し、機種変更して日本に対抗してきたのとは正反対です。 日本軍が昭和17
年末頃までは何とか互角に戦えていられたのは、実は約300名程度の熟練パイロッ
トが太平洋の全域で今日はニューギニア、明日はソロモンと休暇も与えられずに戦っ
て、制空権を抑えていたからでした。 その熟練パイロットが戦死するとそれに代わる
パイロットの育成を考えていなかった陸海軍はその後の作戦でほとんど勝つことがで
きませんでした。
戦術面でも米国海軍が最も恐れたのは日本の潜水艦でした。排水量1000t以上
の伊号(イ号)潜水艦(1000t以下はロ号、500t以下はハ号) で太平洋の補給レー
ンを遮断されたら戦争遂行が困難になると考えていました。 兵站(へいたん:軍事物
資・食料の補給)は戦国時代から最も重要なものでしたが、日本海軍は潜水艦を使っ
て敵の軍艦の攻撃をメインに作戦を遂行し、多くが本来の目的である通商破壊を遂
行できずに、撃沈されていったのです。 ドイツのUボートとは大きな違いです。
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」はドイツの初代宰相のビスマルクの言葉
といわれています。
「長期のビジョン」 これが今も昔も日本人が最も苦手とするテーマのようです。部
分的には優れていてもこの国家戦略における「長期ビジョン」を持ち合わせていない
といくら各個人や企業が頑張っても勝つことができません。 現代の我々は恵まれた
環境の中で、歴史から多くを学ぶことが出来るはずです。 スピード化の時代の中で
は失敗ですら経験している暇はないのです。