大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑭

query_builder 2020/07/15
歴史編

 工藤 俊作(くどう しゅんさく、1901年(明治34年)

1月7日 – 1979年(昭 和54年)1月12日)山形県出身は、日本の海軍軍人。1942年3月の駆逐艦「雷 (いかづち)」艦長時(写真①~③)に、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗 組員422名(写真④⑤)の救助を命じ実行させた人物として知られます。最終階級は海軍 中佐でした。



 工藤中佐は身長185cm、体重は95㎏を超える大男でしたが、戦時中のことは殆ど黙 して語らず、存命中は誰も、彼が偉業を成し遂げた人物であったことを知りませんでした。


 平成20年(2008年)12月7日、元英国海軍大尉で戦後外交官として活躍した サムエル・フォール卿(当時89歳写真⑥⑦)は埼玉県川口市、薬林寺境内にある工藤俊作 海軍中佐の墓前に車椅子で参拝し、66年9か月ぶりに積年の再会を果たしました。フォール 卿は大戦中、自分や戦友の命を救ってくれた工藤中佐にお礼を述べたいと、戦後、その消息を探 し続けて来ましたが、関係者の支援の結果、ようやく墓所を探しあてたのだそうです。


 フォール卿は心臓病を患っており、来日は心身ともに限界に近かったそうです。これを実現させた のは、何としても存命中に墓参したいという本人の強い意志と、ご家族の支援があったからです。 付き添いの娘婿ハリス氏は「我々家族は、工藤中佐が示した武士道を何度も聞かされ、それが家 族の文化(FamilyCulture)を形成している」とさえ語りました。





 第二次大戦中、昭和17年(1942年)3月1日午後2時過ぎ、ジャワ海において日 本海軍艦隊と英国東洋艦隊巡洋艦「エクゼター」、駆逐艦「エンカウンター」が交戦し両艦とも撃 沈されました。その後、両艦艦長を含む乗員420余名の一団は約21時間漂流しました。灼 熱の海で20時間以上の漂流は、乗組員の心身の健康を奪い、当初、「友軍が間もなく救助に 来る」と互いに励ましあっていましたが、その希望も絶たれていました。 友軍のほとんどが日本海軍 に撃沈されてしまっていたからです。


 翌2日午前10時頃、日本海軍駆逐艦「雷(いかづち)」は単艦で同海域を哨戒航行中、 偶然この集団を発見しました。工藤艦長は見張りの報告、「左30度、距離8000m(8 km)、浮遊物多数」の第一報でこの集団を双眼鏡で視認、独断で、「一番砲だけ残し総員敵溺者救助用意」の号令を下令しました(上級司令部には事後報告の独断でした)。


 当時米英のマスコミが伝えていたように、フォール卿は、「日本人は未開で野蛮という先入観を持 っていましたので、間もなく機銃掃射を受けていよいよ最期を迎える」と覚悟したといいます。ところが 「雷」マストに救難活動中の国際信号旗が揚げられ救助艇が降ろされました。そして日本人乗組 員が全力で救助にかかる光景を見て「夢を見ているかと思い、何度も自分の手をつねった」といい ます。


 「雷」はその後、広大な海域に四散したすべての漂流者を終日かけて救助しました。その海域に は英軍潜水艦が徘徊しており、停船を繰り返す救助航行は危険極まりない行動でした。にも拘ら ず、僅か220名しか乗務していない駆逐艦「雷(いかづち)」が敵将兵422名を単艦で救 助し介抱しました。本件は世界海軍史上空前絶後の事です。


 私は若い頃、元海軍軍人の方から話を伺う機会がありましたが、米国の艦艇や特に航空機 に、日本軍漂流者が発見された際には、徹底的に機銃掃射を浴び、ほぼ全滅してしまうとのこと でした。またそうしないと、またいつかどこかで生き残った敵兵によって味方がやられてしまう恐れがあ ったとのことでした。ですから海上で敵兵を見つければ、それが漂流中であれ何であれ、全員殺すこ とが戦時の常識です。酷いことと思われるかもしれませんが、そうしなければ、こちらが殺されてしまう のです。


 フォール卿の回顧録です。

『救助が始まって間もなく、救出された士官たちは、前甲板に集合を命じられました。 すると、キャプテン・シュンサク・クドウが、艦橋から降りてきてわれわれに端正な挙手の敬礼をしまし た。われわれも遅ればせながら答礼しました。

 キャプテンは、流暢な英語でわれわれにこうスピーチされたのです。


 You had fought bravely. Now you are the guests of the Imperial Japanese Navy. I respect the English Navy, but your government is foolish make way on japan. (諸官は勇敢に戦われた。今や諸官は、日本海軍の名誉あるゲストである。 私は英国海軍を尊敬している。 今回、貴国政府が日本に戦争をしかけたことは愚かなことで ある)


『雷』はその後も終日、海上に浮遊する生存者を捜し続け、たとえ遙か遠方に一人の生存者がい ても、必ず艦を近づけ、停止し、乗組員総出で救助してくれました。』


 私はこの、工藤俊作中佐のエピソードを初めて知った時、工藤中佐の行為に感動するとともに、 日本人であることを誇りに思いました。当時はABCD包囲網(アメリカ・イギリス・中国・オラン ダ)によって経済封鎖をされ、経済戦争を仕掛けられている真っただ中でした。帝国海軍のゲスト として迎えるが、一言厳しく抗議を加えるところなど、外交感覚をしっかり兼ね備えたリーダーである と感じました。

 工藤中佐のこの奇跡の救助と示された真の武士道のお陰で、戦後1998年当時、天皇皇 后両陛下(現上皇陛下御夫妻)が訪英するに際し、反対派が謝罪を求める投稿を行いまし た。ところが、フォール卿の上記エピソードの投稿が行われると、反対派の動きは収まったといわれて います。


 戦後の工藤艦長は、クラス会の行事もすべて断り、死んでいった同期や部下の冥福を毎朝祈る という慎ましい生活を送っていました。(駆逐艦雷(写真⑧)は1944年4月13日、サイ パン沖にて敵潜水艦と交戦・沈没)





 そして彼の死後、彼の甥である工藤七郎衛氏はその業績を知らされ、「叔父はこんな立派なこ とをされたのか、生前一切軍務のことは口外しなかった」と、初めて彼の業績を知り落涙されたので した。 工藤夫妻の墓は、現在の埼玉県川口市朝日の薬林寺境内(写真⑨)にひっそりと建ってい るそうです。 私にとって、工藤俊作中佐は理想のリーダーの一人としてランキングされる人物です。


<工藤俊作中佐のエピソード①>

 海軍兵学校を卒業した工藤俊作氏は、駆逐艦「雷」の艦長として、昭和15年11月着任し ました。工藤艦長は駆逐艦艦長としてはまったくの型破りで、乗組員たちはたちまち魅了されまし た。

 その工藤艦長の着任のときの訓示です。 「本日より、 本官は私的制裁を禁止する。 とくに鉄拳制裁は厳禁する」 乗組員たちは、このような新艦長を、当初「軟弱」ではないかと疑ったそうです。 ところが工藤艦長には決断力があり、官僚化していた上官に媚びへつらうこともまったくない。しか も工藤艦長は酒豪で、何かにつけて宴会を催しては部下たちと酒を酌み交わしました。好物は魚 の光り物(サンマ、イワシ等)で、それらは食堂にはめったにでないので、兵員食堂で光り物が出 る時、伝令のものと自分のエビや肉と交換したり、自ら兵員食堂まで仕官室の皿を持って行って 「誰か交換せんか」と言ったりもしていたそうです。

 工藤艦長は日頃から、士官や先任下士官に、「兵の失敗はやる気があってのことなのだから決し て叱ってはならない」と繰り返しました。見張りが遠方の流木を敵潜水艦の潜望鏡と間違えて報告 しても、見張りを呼んで「その注意力は立派だ」と誉めました。 このため、見張りはどんな微細な異変についても先を争って艦長に報告するようになりました。2ヶ 月もすると、「雷」の乗組員たちは、工藤を慈父のように慕い、「オラが艦長は」と自慢するようにな り、「この艦長のためなら、いつ死んでも悔いはない」とまで公言するようになっていったといいます。艦 内の士気は日に日に高まり、それとともに乗組員の技量・練度も向上していったそうです。率先垂 範と背中を見せる、仁を備えた武人でした。


<工藤俊作中佐のエピソード②>

 高松宮宣仁親王(昭和天皇の弟君)が「長門」に乗務の時、階段で転んで足に怪我を負 い、艦内で草履を履くことになりました。ある時高松宮様が大正天皇のお見舞いに行くことになりま したが、「さすがに大正天皇の御前に草履というわけにはいかないのでどうしようか」と周囲に相談し たところ、宮の心中を察した少尉の1人が「私のクラスに大足の大男(工藤俊作中佐)がいま す。奴の靴を借りましょう」と靴を借りてきました。それを宮が履いてみたところ包帯で巻かれていた 右足はピッタシでしたが左足はダブダブでした。「仕方ないので左は自分の靴を履いていくことにす る」と左右全く大きさの違う靴を履いて天皇をお見舞いしました。「上手く行った。御殿の人間にも 侍従にも全くバレなかった」と宮は大喜びしたという。その少尉は「それでは奴に酒をおごらないといけませんな。奴は酒好きですから」と言ったので3人で宴会となり、後に同期全員で大宴会となったそ うです。最後は「殿下のツケでお願いします」となり宮が酒代すべてを支払うことになったということで す。陛下の弟君に酒をおごらせるとは、何とも豪快な人物ですね。部下に愛された所以でもあるの でしょう!


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