大東亜戦争から学ぶリーダーシップ㉑

query_builder 2021/03/15
歴史編

 第21回目は、淵田 美津雄(ふちだ みつお、1902年(明治35年)12月3日 – 197 6年(昭和51年)5月30日)、日本の海軍軍人、キリスト教伝道者です。海軍兵学校52期。 最終階級は海軍大佐。 (写真①②③)

 淵田中佐は、奈良県北葛城郡磐城村(現・葛城市)で、教師の父・弥蔵と母・シカの三男として生ま れました。旧制奈良県立畝傍(うねび)中学校を経て、1921年(大正10年)、海軍兵学校に海 兵52期として入学しました。同期に航空参謀・源田実大佐、高松宮宣仁(のぶひと)親王(昭和天皇 の弟君)らがいます。



 私が淵田中佐を知ったのは、昭和45年(1970年)公開の、真珠湾攻撃(写真⑧⑨)前後の 日米の動きを描いた映画「トラ・トラ・トラ(写真④⑤)」を父と一緒に観に行った時です。 映画では俳優 の田村高廣氏(写真④)が淵田中佐を演じておりましたが、その演技力と、彼が操る関西弁に引き付けら れたことを強く記憶しております。この映画はその後20回以上はビデオやDVDで再生、カセットテープも含 めると7、80回は聞いており、大学受験勉強中に「ながら」をしていましたので、どのタイミングでどんなセリフ が出てくるのかも明確に記憶しております。勇壮な音楽と共に、「全軍突撃せよ(ト連送)」と「我奇襲に成 功セリ トラ・トラ・トラや!」は今も鮮明に覚えております。



 私は幼少期から飛行機、特に旧帝国海軍の軍用機が大好きでした。いつも授業中に、ノートに空中戦の 情景をスケッチしていました。  自宅にはゼロ戦、隼、紫電改、飛燕、疾風、五式戦闘機、スピットファイア(英)、メッサーシュミット Bf 109(独)などの小型模型、プラモデルを多数作っていましたが、米国の軍用機は一切作りませんでし た。どうも敵国という意識が強かったのだと思います。(例外は米陸軍のノースアメリカンP51:写真⑩こ の機体だけは美しいと感じました。米海軍機は嫌いです。)

 また、母(昭和11年生)からは幼少期より、ことあるごとに、「私(母)は疎開先の奈良県富雄で、 米艦載機(恐らくグラマンF6F(写真⑥)かF4Uコルセア(写真⑦))に機銃掃射されて死にかけ た・・・。」の話を聞かされておりましたので、9歳の少女まで殺戮しようとする米軍というものに、無意識のうち に嫌悪感を持っていたのだと思います。




 日米開戦前の1941年8月25日、淵田中佐(当時少佐)は第一航空艦隊の赤城飛行長 に着任しました。淵田中佐と海兵同期の航空参謀源田実中佐(戦後参議院議員)の希望でした。その 指名理由は、極秘で準備していた真珠湾攻撃を成功させるため、優れた統率力、戦術眼を持ち、源田中 佐と通じる同期生で97式艦上攻撃機(写真⑨)の偵察席に座り、作戦の指揮に集中できる空中指 揮官として、淵田中佐がどうしても必要だったからとのことでした。第三航空戦隊参謀から現場の指揮官と いう異例の降格人事でしたが、淵田中佐はこの申し入れを名誉と捉え、快く引き受けました。


 その後は皆さんのご存じの通り、ハワイ真珠湾作戦は大成功(写真⑧)となり、ハワイ攻撃の帰路のウ ェーキ島攻撃、1942年1月20~22日のラバウル・カビエン攻略支援、1942年2月19日 の豪州ボートダーウィン攻撃、1942年3月のジャワ海掃討戦、1942年4月のインド洋作戦と攻 撃隊を指揮し連戦連勝を続けました。インド洋作戦までで、大戦果をあげながら損失はわずかでした。淵田 中佐所属の第一航空艦隊(空母赤城・加賀)は世界最強の機動部隊と称されますが、連戦連勝によ って、疲労と慢心が現れていました。



 そして運命の1942年6月5日のミッドウェー海戦となります。当時淵田中佐は盲腸の手術を受け、 友永丈一郎大尉が指揮を執りますが、ここで4隻の空母(赤城・加賀・蒼龍・飛龍)を失って大敗を喫 し、日本軍は敗戦に向かって坂道を転げ落ちることとなります。


 淵田中佐は、日本海軍航空隊の全盛期にリーダーシップを発揮し、わが軍を勝利に導きました。その 後は第一線から退くことが多く、そのまま1945年8月15日に終戦となります。

 終戦を迎え、かつては真珠湾攻撃の英雄とたたえられた淵田中佐は、一転、亡国の敗残者の烙印を 押されます。奈良は聖地三輪山のそばに身をひそめ、酒びたりの荒れた日々を送っていました。その後に行 われるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の一方的な戦犯裁判を呪い、もって生まれた反骨精 神から、やがて米軍への報復方法を模索していました。

 そんなとき、アメリカから日本軍捕虜が送還される情報を得ました。この人たちがアメリカでどのように扱わ れてきたか知りたいと思い、出向いて行きました。そして、アメリカの非道な事実を綴って、反論の題材にしよ うという魂胆がありました。数多くの非道の事実を集めるうちに、ユタ州のある女性の話に興味を惹かれるの でした。

 それが、<マーガレット・コヴェル女史>です。


 彼女の両親はバプテスト系の宣教師でした。日本にも訪れていましたが、戦中、日本軍にスパイ容疑を かけられ処刑されてしまったのです。祖国で取り残された彼女がとった行動は・・・・。

 両親を殺した日本人を憎しみ返すことではなく、憎いと思う日本人にこそ、両親の意思をついでイエス・キ リストを伝える宣教に行くことでした。

 彼女は、捕虜収容所の病院へおもむき、自らの考えを実践すべく、捕虜たちが日本へ送還される日まで、 欠かすことなくお世話をしたのでした。その話を聞いて、はじめて淵田氏は、激しく心打たれたのでした。憎し みによる復讐は憎しみの連鎖しか生まないと悟りました。これからの人生では、憎しみに終止符を打たねば ならないと考えました。

 昭和26年(1951)3月、淵田氏は聖書に傾倒し、ここに至ってキリスト教徒に回心したのでし た。平和の伝道師(写真⑪⑫⑬)となり、キリスト教徒として、再びアメリカへと渡りました。 「戦争は互いの無知から起こった」 は淵田氏の名言として知られています。





 1952年。アメリカ、ワシントン州ブレマートマン軍港のユース・フォア・クライストの集会で、300人を 超える会衆を前に話終わった淵田氏の前に、母子が現れました。


母) 「淵田さま、私の息子に祈ってやっていただけませんか!」 突然の申し出に戸惑う淵田氏に、婦人は続けます。


母) 「私の夫は海軍大尉で、淵田さまが11年前に真珠湾攻撃なさいましたとき戦艦アリゾナの砲 台長でした。この子が生まれた時、私の夫はアリゾナとともに永遠に消えて失ったのでした。」 淵田氏は胸をつかれました。


母) 「この思い出は私には辛いことでした。私はアリゾナを爆撃した日本軍を恨んできました。しかし私 の夫もクリスチャンでした。そして今日、あなたの話を聞き、神様のみわざの奇しさに、震えがとまりません。こ の子は父を知りません。物心をつくようになって父の死を知っても、そのことの故にかたくなになって、どのよう に私が導いても、教主イエス・キリストを信じようといたしません。」 会衆一同、粛として声を呑みました。


 淵田氏は、意を決し、会衆一同をかえりみて、

淵田氏) 「この子のために一緒に祈っていただけませんか」


そう促し、子供の頭に手をおいて熱い祈りを捧げた

 淵田氏) 「父よ、彼らを赦し給え。その為す処を知らざればなり」


 それから10年後、ウエストポイント(米陸軍士官学校)での集会の時でした。 20人くらいの陸軍士官学校の生徒が現れ、リーダーの青年が、近づいてきて言いました。


 青年) 「淵田さん、私を憶えていらっしゃいますか?」 淵田氏は驚いて眺めますが、見覚えは有りません。


 青年) 「そうでしょうね。10年も前のことです。私はブレマートン軍港で祈って戴いたあのときの少年 ですよ!」


 おお、淵田氏は感嘆に似た声をあげました。

 

 淵田氏) 「そうか、大きくなったもんだなぁ」


青年は、あの日以来、祈りに支えられ立派なクリスチャンとして育ったのでした。 陸軍士官学校に入ってから、聖歌隊を組織し自らが指揮をとっていたのでした。 淵田氏が近くの町に訪れていることを知って、応援のために仲間を連れて駆けつけてきたという次第でした。 人々は、イエス・キリストの栄光を見たと噂しあったとのことでした。


 私は淵田氏の伝道におけるこの話を聞いて、つくづく、憎しみは憎しみを呼び、許しは許しを呼び、愛は 愛を呼ぶものだと思いました。そして言葉(言霊(ことだま))は人の心に届き、人の心を救うものだと感じ ています。


 <過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ>


は、私の座右の銘のひとつです。

 淵田氏の戦前戦中の活動は、国を愛する人間の決死覚悟を持った行動でした。そして「戦争はお互い の無知から起こった」ことを悟り、その後の人生は、米国における伝道活動を通じ、人々に愛を説き救済事 業を行っていかれました。

 今日、日米両国は恩讐を超え、良好な関係を維持しています。それも、淵田氏をはじめとする多くの先 人たちが、無知ゆえに戦いに巻き込まれ、逃げることなく、また卑怯なふるまいを行うことなく、正々堂々と全 力で戦っていただいたからであり、その結果相手(米英中心の連合国(除く中国))からのリスペクトを獲 得できたからだと私は考えております。

 我々は、先人たちに恥じない国造りを行い、次世代に繋いでいかなければならない宿命を背負っていると 思います。その覚悟をもって全力で生きていきたいと思います!

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