日本の労働市場の課題、 特に労働市場の非流動性と企業マネジメント

query_builder 2024/05/10
寺子屋


最近、久しぶりにアン・ハサウェイを見たくなって行った映画「ブルックリンでオペラを」(原題:She Came To Me)で、アメリカ特に東海岸の多様性・包容力を改めて感じました。人種、宗教、離婚・再婚・パートナー、職業、ジェンダー、身体的ハンディキャップ等々、さまざまな観点でダイバーシティに富み、それを自然に受け入れる自由なアメリカの「良い面」が垣間見えていたと思います。 そしてダイバーシティ欠如から、以前から島国日本で長らく(大いに)気になってることを思い出しました。 日本の労働市場の課題です。



●日本の労働市場
役所をはじめとする日本のダイバーシティの欠如、新しいものや変化への抵抗、そして労働市場の流動性欠如などは成長の大きな阻害要因になっていると思います。
(もちろん私はGDP等、経済規模の成長のみで是非を語る風潮に全面的に賛成しているわけではありませんが)
1980年代、私が初めて就職した頃に比べれば流動化はだいぶ進んで来ていますが、新卒一括採用や終身雇用等、大企業中心にいまだ根強いものがあります。待遇面だけを見ると平均的に大企業と中小企業で未だに差があり、新卒就職者が大企業を好む理由もわからないではありません。一方で最近はスタートアップ企業を志向する者も増えてきていて、変化が見られるのは喜ばしいことではありますが・・・


●問題の所在と背景・原因
長らく議論されてきていますが、背景には日本人の国民性も含め様々な要因が有ると言われています。

●戦後の第二次産業を中心とした高度成長期の企業側の人材ニーズ・経営方針が長らく労働市場(供給者側)とマッチしていたこと。
●それを背景として労働者寄りの労働法制度が大きな見直しをされず維持されてきたこと。
●誰も積極的に労働法制度を「会社側に」変えるという英断に踏み出さ(踏み出せ)なかったこと。 (変革の効果が極めて大きい一方であいまいなので、実行を提言する人さえいなかったように見えます)
●企業側の新卒一括採用・囲い込み・終身雇用、人事制度・報酬体系、年金制度
●特に大企業の経営者のマインドセットや企業文化
●社内や自部門の「たこつぼ化」を排除する「標準化」を好まない文化

等々、様々な要因があると思います。




働く側にとっても会社依存はリスク

一つの企業に身を委ねるというのは、働く側にとってみても極めて大きなリスクと言えます。

●就職の時点で「良い会社」のように見えて入ってみても、必ずしもそうだとは限らない
●大企業であれば業務内容ややり方まで会社方針・部署や上司の方針に左右されることも多い。
●自分の考え方に合う会社であっても、自分の能力・適性を十分に活かせるかどうか保証もない。
●さらには20年、30年の間には会社も変わる。
●場合によっては会社方針・上司の方針が法律的・倫理的に正しくないことさえある。
●そのようなときに自分の正義を貫くためには、自分自身、身軽でないといけない。
●会社や上司の価値観が自分と異なり、改善を受け入れてもらえず従わなければないときには企業を辞めるしかない。



●流動性欠如は組織腐敗の一因にさえなりうる
組織や会社に大きな問題があるとき、「辞める」という選択肢を持てないと不幸が始まります。 役所や一部の大企業で、従来から「前例踏襲」で続いていた不正などを断ち切ることができずそれに巻き込まれてしまった例を挙げ始めると2000年代以降だけでも枚挙に暇がなく、まさに日本の組織や労働市場の流動性欠如の最も大きな弊害とも思えます。
さらには、長く働いていることで、ともすると自分の価値観や考え方まで影響されてしまうことさえあります。
特定の企業や団体に勤めることが人生を大きく左右してしまうことさえあるということです。
人材の流動性が低いことは変化が少ないこと、柔軟でないことですし、変化に対応しながら(企業内で、あるいは企業・組織を越えて)適材適所に人材を配置する弊害にもなっていると思います。



●ダイバーシティ・人材流動化のメリット

●多様性・流動性はスピード感の欠如を改善し、進化促進をもたらします。ジェンダー、国籍、宗教、言語、価値観等々、異なる人との交流、フランクな論議がより良い解決策につながることを信じています。
●さらに、業務に携わる人が変われば新しい観点で目的やプロセスなどを改めて問い直し、改善の機会が生まれます。この機会を「適切に」活かすことができれば、本来は組織の腐敗などは明るみに出て是正が図られるはずですが、終身雇用前提の役所や一部の大企業などでは「組織や上司を否定できない」ことから是正が図られず、ずるずると組織全体が引きずられてしまった例が大半です。ここで終身雇用前提でないオープンで流動的な労働市場形成の必要性が明らかになります。
●大企業の中でもずいぶん改善している会社が出てきているようですが、人材の流動化(特に中間管理職以上、望ましくは上級管理職や幹部の入れ替え)は新たな人材から知識、やり方や考え方の違い、優先順位付け判断の違い、スピード感の違いなどを吸収するのに絶好の機会となります。
●伝統や文化(容易に変えるべきでないもの)は大事にしないといけないですが、企業活動においては変化に柔軟に対応していくことが大切です。


●展望
徐々に変化してきている人材流動性ですが、これを「圧倒的に」改善しないと、日本の国際的な競争力は高まらないと思います。課題があまりにも大きすぎて、解決にはどうしても時間がかかるのが難点ですが、以下を組み合わせて地道に行うことが必要でしょう。

●経営者(特に大企業)のマインドセットの進化 (新卒一括採用・純潔主義・終身雇用からの脱却、中途採用促進)
●企業経営をサポートするための労働法の改正・解雇規制の緩和
●企業年金制度の改定(確定拠出年金の更なる拡充)
●労働者自身の意識の改革、生涯学習・リスキリング


●人間の能力、適材適所を支える人材流動化
新卒一括採用を前提としている大企業が多い中で、最初の就職時の企業に長く勤める人も多く、その就職がその後の人生に大きな影響を与えることも多いと思います。
私は人間の能力には根本的にはさほど大きな差は無いと思っています。さらにまた、業務遂行能力と学力は決してイコールではないです。大企業であろうと中小企業であろうと優秀な人は優秀であるし、そうでない人はそうでないです。
最初の就職時の経済環境や最初に就職した会社がその後の人間の人生に付きまとうような労働環境は決して望ましくありません。人間の(人材の話をしているので「労働者の」、と言い換えてもいいですが)意欲・能力が適材適所で効果的に生かせるような流動的な人材マーケットを作り、企業も労働者もそこへいつでもアクセスして「時価」で人材が流動して不適合が生じればタイムリーに是正される・・・そんな社会に近づいてほしい、と切に思っています。
また一方、人には誰にでも得手・不得手があります。「多くをできる人」はいても「すべてできる人」はおらず、また、一見地味な社員が、あることを任されて予想外の働きをしてくれることもあります。適材適所が重要です。これは一企業内でもそうですし、企業間であっても経済環境の変化とともに最適化を行い、社会全体として追求すべきです。そのためには人材流動化が必要ですし、企業が比較的自由に人材をリリースできる仕組みも必要です。ある一定の経済環境下、企業にとって「あまり必要でない」と思われている人材が仕方なくその企業で働き続けるとしたら、それはその人材自身にとっても不幸なことです。その人材をもっと活かせる仕事を探す機会を社会として与えるべきです。適切な人が適切な会社の適切な役割を任されれば、日本は全体としてもっともっと成長できます(これには、一部の企業や業種で余剰感のある年代層の労働者を別の業種で受け入れる、等も含みます)。
また、健全な経営方針や技術を持った会社であっても、知名度が低く、存在が認知されていなければ、売上も伸びづらいし、優秀な人はなかなか来ず、企業としての成長に限界が生じます。技術やアイデアの芽を持っていても実現するための資金や実行力を持った人材がないが故に成長できず不本意に買収されたり倒産したりしてしまうのはもったいない話で、避けたいことです。社会全体としての無駄であり、全体としての成長を阻害します。この点からも、適材適所の図りやすい、人材流動性の高い社会になってほしいと思います。



●経営者・企業文化の重要性
変化を好む経営者の姿勢と社内の企業文化。変化を歓迎し、それにチャレンジし試行錯誤しながら立ち向かい、社員が自ら手を上げながらチームで進んでいく組織、それが私の考える理想的な組織です。そのバックグラウンドには、経営者の健全な理念と企業方針・経営のリーダーシップが必須です。
・・・日本の上場企業では2023年3月期から、人的資本の情報開示が義務化されました。たとえ開示義務がなくても、既に社員は人的資本を会社がどう扱っているかを知っています。開示義務のない非上場企業の経営者であっても、社員に対してどう働いてほしいか、何を期待するのか、そしてどう成長してほしいのか、そのために会社としてどのようにサポートしていくつもりなのかを明確に示していただきたいと思います。
また、これはすべての企業の社員へのアドバイスですが、自分が今勤めている会社に自分の意図に反する変化が起きたときに、自由に自分の選択で会社を去る自由度とスキルを常に持っていないといけません。
一方、企業経営者は全社員がそう思っていることを前提に、会社の目指す方向を明確にしながら、常に社員にとっての会社の魅力を高め、引きつけ続ける必要があります。
これは大企業であっても、中小企業であっても一緒です。
こういう労使の緊張感が日本の全企業・社員にあることが、社会全体としての強さに自然につながるのだと思います。



●おわりに
私自身ができることは微々たることですが、自分の関与する組織や会社の経営陣や人事部門の責任者の皆様、そして身近で一緒に働く若い方々に対して、変化を好み、チャレンジしてスピード感を持って新しいものを作り出していくことの重要性と喜びをお伝えし、一緒に進んで行きたいと考えています。

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